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課題多いアジアのPPP、加賀隆一・アジア開発銀行官民連携部部長(1)

加賀 隆一(かが・りゅういち)
ADB(アジア開発銀行)官民連携部部長
1957年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒、エール大学大学院修了(経済学修士)。80年に日本輸出入銀行(現在の国際協力銀行)へ入行。プロジェクトファイナンス部長、アジア大洋州地域拠点長などを経て、2012年6月からADB。14年9月から現職。著書に「国際インフラ事業の仕組みと資金調達―事業リスクとインフラファイナンス」(中央経済社)、「実践 アジアのインフラ・ビジネス―最前線の現場から見た制度・市場・企業とファイナンス」(日本評論社)など。

アジア大洋州のインフラ需要は1年間で約1.7兆ドル(約190兆円)――。ADB(アジア開発銀行)の推計が話題を呼んでいる。この需要を賄うには各国の財政資金だけでは足りず、民間資金の活用が必要だ。民間投資は進むのか。ADBの本拠地フィリピンでPPP(官民連携)事業に携わる加賀隆一官民連携部部長に聞いた。 (全2回)
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アジアのインフラ投資市場をどのように見ていますか。

 投資するには課題が多いです。一番大きな問題は、政府当局の枠組み作りが発展途上だということ。事業権、これは運営権やコンセッションと言うこともありますが、この入札が不透明で賄賂の温床になってきました。賄賂をなくすためにも、事業権の入札は、世界的なスタンダードに従った国際競争入札で実施することが重要です。

 途上国はPPP(官民連携)の人材が育っていないので、事業の組成能力も低い。個々の案件が利益を上げられる形にする必要もあるので、ADBが助言業務を始めました。PPPの入札に国営企業が参加するのも問題で、特にインドネシアや中国、ベトナムで顕著です。国営企業が落札すると、財政資金で実施するので、PPPの意味がありません。
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PPPでは民間提案が多いのでしょうか。

 ADBの調査によると、PPPのプロポーザルの64%を民間提案が占め、残りが政府提案です。これは政府にまだ提案能力がないということです。インドは例外で、民間提案は10%ですが。

 民間提案の一番の問題は、競争入札がなく、賄賂の温床になること。民間事業者は非常に革新的な提案もするので、民間提案が一概に悪いわけではないのですが。民間提案の際は、競合相手の提案も受け付け、競合相手の方が良ければそちらを採用する。そして最初に提案した会社には、ある程度の補償をする、といった仕組みが必要です。
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「アジアのPPPは進捗が遅い」という話も聞きます。

 役所間の調整で非常に時間がかかり、許認可の手続きが遅いことが要因です。これは、どの国でも起きていますね。政府当局がきちんと予算を手当てしていないこともあります。途上国では予算が手当てされていても、執行が遅れがちなので安心できません。それから、民間の投資家と政府の間で紛争が生じたら、どの国もたいてい、自国の裁判所を使うよう求めます。すると外国人はほとんど負けますから、国外の裁判所や国際仲裁制度を使えるようにすべきです。
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アジア大洋州でPPPが進んでいるのは、どの国ですか。

 先進国を含むと豪州が圧倒的に進んでいます。あとは韓国です。途上国で一番進んでいるのはインド、次がフィリピンです。どのような面で進んでいるかというと、①PPPに関する法律や政令、ガイドラインがある、②PPPの専門部署がある、③契約書が標準化されている――などです。政府がPPPにしっかり関与しているかは、こういう面に表れます。

 ただ、フィリピンでは最近、あるPPP事業がODA(政府開発援助)事業に突然変更され、コンセッションの入札が中止になりました。1年前にドゥテルテ政権が発足してから、「ハイブリッド型PPP」を打ち出しているのが原因です。これはODAで資金を調達して、操業保守だけ民間に任せるというやり方。ドゥテルテ政権が言うには、「ODAの方が早く資金を調達できて、PPPは遅い」と。ODAも供用まで通常3年ほどかかるので、決して早くないのですが。

 ODAは財政負担になり、30年、40年と次の世代まで返済しなければならないので、これのみに頼ることは望ましくありません。事業者にとっても、事業リスクが限られる代わりに投資リターンもないので、操業保守だけで本当にもうかるのか心もとない。インドも2015年にPPPを総合的に見直したので、現在は踊り場です。
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インフラに投資する際、どのようなリスクがありますか。

 アジアでは「政治リスク」「商業リスク」「自然災害リスク」が頻発しています。政治リスクは、制度・政策・計画を変更したり、許認可を取り消したり、政府機関が契約を履行しなかったりといったこと。ストライキやテロ、戦争も含まれます。

 商業リスクで多いのは土地収用リスク。インド、ベトナム、インドネシアで顕著で、土地が何年間も収用できないケースもあります。その間に建設費が上がったり、操業期間が短くなったりするので、深刻な影響が出ます。完工の遅延、機器の不具合、需要不足の発生といった商業リスクもあります。

 国連の調べによると、アジアは世界で最も自然災害が多い。台風や洪水、火災、地震、火山の噴火、疫病、環境汚染など、さまざまなリスクにさらされています。
資金調達が難しい
――

アジアのPPP事業の資金調達は、銀行借り入れと債券発行のどちらが多いですか。

 銀行借り入れがほとんどです。例外はマレーシア。マレーシアは「スクーク(イスラム債)」での調達が非常に盛んです。
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資金を調達するうえで課題はありますか。

 インフラ事業は20年、30年と続くことが多いので、長期資金を確保する必要があるのですが、それができる国は非常に限られています。東南アジアでは、フィリピンとタイなら地元の銀行から15年超の期間で資金を借りられます。タイでは現地通貨建てだけでなく、ドル建てでの調達も可能です。その他の国では通常2~5年、長くても7年ほどしか融資されないので、途中で借り換えのリスクが生じます。
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資金を借りる場合、現地通貨建てと自国通貨建てのどちらが良いのでしょう。

 インフラの収入は現地通貨建てなので、借り入れも現地通貨の方が為替変動リスクを負わずに済みます。その場合、現地の銀行から借り入れることになりますが、長期資金を出せる機関は限られます。

 このためインフラに必要な長期の現地通貨建て資金は、外国の金融機関から外貨建てで調達して、現地通貨へのスワップ(通貨交換)を手配する、といった手段を取ることになります。スワップは、融資期間と同じく、長くても7年ほどのものしか手配できないので、長期資金が必要なインフラ事業に対応できません。途上国ではスワップのカウンターパーティ・リスク(取引相手の破綻などで損失を被るリスク)もあり、利用するにはハードルが高いです。
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ADBの融資は?

 ADBは現地通貨建てでも融資をしています。ただ、現地の銀行と比べて常に条件が良いとは言えない場合もあります。ADBは国際的なAAA(トリプルA)の信用格付けを取得していますが、現地の銀行の方が低い金利で融資できることがあるのです。 

 例えばフィリピンの市場では、最大の財閥であるアヤラグループは、ADBよりも低い調達コストで債券を発行できる場合があります。なぜなら、発行条件にもよりますが、現地の投資家は親近感のある自国企業の債券を選好することがあるためです。人気のある債券の方が、多くの投資家から安い資金を集めることができます。
 
 仮に、こうして集めた安い資金をアヤラ系列の銀行が融資すれば、より調達コストが高いADBの資金よりも、低い金利で企業はお金を借りることができます。実際は、商業銀行は金利に相応のマージンを乗せて利益を確保するので、単純には比較できませんが。
米国金利が左右
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インフラの分野別で投資の難易度に差はありますか。

 電力は、IPP(独立系発電事業者)の事業がフィリピンで1988年から実施されるなど歴史が長く、ビジネスモデルが確立しています。「アベイラビリティ・ペイメント」という、電力の引き取り手(電力公社)が一定期間にいくら支払うか、あらかじめ契約で決めている方式を採用していることがメリットです。

 民間事業者の都合で電力を供給できない時は支払われませんが、電力公社の事情で「今月は電力はいらない」といった場合でも支払ってもらえます。借入金を含め、固定費が全てカバーされるので、事業リスクが低い。需要に左右されず、キャッシュフローが固まるため、銀行も融資しやすくなります。このように電力分野は、民間が非常に参入しやすい市場になっています。
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他の分野はどうでしょう。

 ADBの推計によると、30年までのインフラ需要の50%以上が電力、次いで運輸が30%を占めます。しかし運輸は、電力のようなビジネスモデルが確立していません。運輸は支払額が大きい上に需要変動もあり、アベイラビリティ・ペイメントの採用事例は電力に比べて限られます。

 ただ、運輸の中でも差があって、鉄道・道路は需要変動リスクが大きい方です。空港・港湾は競合先が近くに建設されることがなく、地域での独占性が高ければ、需要変動リスクは低くなるので、競合先のある鉄道・道路よりもキャッシュフローがより安定する可能性があります。
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アジアのPPP市場は、どのような形が理想的ですか。

 政府の立場に立つと、役人にとってPPPはインセンティブ(動機付け)が乏しい。契約書が複雑ですし、外国人と交渉しなければならないケースもありますから。役人は、自分がやりたい案件や政治家に頼まれた案件に予算を優先的に割り当てて、予算がつかない残ったプロジェクトをPPPに回したがる傾向があります。だからPPPに回される案件に事業性があるとは限らない。そうではなく、事業性の高い案件を抽出して、民間に事業権を付与するのが理想的なPPPの姿です。

 民間の立場に立つと、取れるリスクと取れないリスクがあります。商業リスクは取れるが、政治リスクや自然災害リスクは取れないので、政府の支援が必要です。ただ、政府が支援するとなると、偶発債務(将来発生し得る債務)を負うことになります。

 この対策の一例が、インドネシア政府が設立した「インフラストラクチャー・ギャランティー・ファンド」という、財政から切り離した保証機関です。自分たちで市場から資金を調達して、その資金の裏付けで保証する仕組みにすれば、政府は偶発債務を負いません。残念ながら、この機関は資本金が小さくて、結局、財務省が保証していますが。また、政府と民間のリスクを綺麗に分けられるビジネスモデルをつくることは大切です。
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海外の機関投資家は、アジア市場をどう見ているのでしょう。

 投資するのは、なかなか難しいと考えているのではないでしょうか。前述のような、さまざまなリスクや資金調達時の為替リスクに加え、インフラが抱えるその他のリスクもハードルになっています。インフラは事業の審査が大変ですし、工事完成までのリスクもあります。

 そのためアジアでは、国際的な信用格付けがBBB(トリプルB)以上のインフラ案件は、まず出てきません。機関投資家は、低い格付けの案件には見向きもしないので、ADBのように信用を保証する機関が必要とされています。例えば、インドのインフラの債券はAA(ダブルA)以上でないと売れないので、ADBが債務保証をしてAAに引き上げ、機関投資家に売りました。
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インフラに民間資金が集まるかどうかを左右する要素は?

 事業性の高いプロジェクトをいくつ作れるかということ、それからアジアでの投資の場合は今後の米国金利の動向だと思います。かつては世界的な金融危機で投資先がないなか、先進国のお金が少しでも有望な投資先を求めて、成長性のあるアジア市場に流れていました。しかし現在は米国の金利が上昇基調にあります。今後、アジアのインフラ市場に流れるお金にも影響があるかもしれません。
                           (次回に続く)
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